「世界の歴史クイズ」は、楽しく学びながら人類の歩みをたどることができるブログです。古代から現代まで、各時代や地域で起こった出来事をクイズ形式で紹介し、読む人が自然に歴史の知識を深められるよう工夫しています。例えば、古代エジプトの王の名前、中世ヨーロッパの戦争、近代の発明や革命など、幅広いテーマを取り上げています。単なる知識の暗記ではなく、クイズに挑戦することで「なぜその出来事が起こったのか」「その出来事が現在にどうつながっているのか」といった視点を持つきっかけになります。また、難易度も初級から上級まで用意しており、歴史初心者から愛好家まで楽しめる内容です。さらに、各クイズには解説を添え、背景や豆知識を交えることで、歴史がより身近で立体的に感じられるよう配慮しています。歴史を学ぶことは、未来を理解するためのヒントにもなります。このブログを通じて、クイズを楽しみながら世界の文化と出来事をめぐる知的な旅に出かけてみませんか。
2023年4月16日日曜日
キャシー中島、がんは1mmでも「顔を24針も縫った」亡き娘に学んだ“がんとの向き合い方” 4/16(日) 16:01配信
キャシー中島、がんは1mmでも「顔を24針も縫った」亡き娘に学んだ“がんとの向き合い方”
4/16(日) 16:01配信
週刊女性PRIME
キャシー中島さん
今から9年前のこと。右目の下に、プツッと小さく赤い点を見つけたキャシー中島さん。最初は気にすることもなく、いつか治るだろうと思っていたのに、少しずつ広がりだし、2年がたつころには、8mmくらいになっていた。
【写真】1mmのがん細胞切除で24針縫ったという退院当日のキャシー中島さん
「そのうちに、ちょっとグジュグジュするようになって、それでかさぶたができるんだけど、そのかさぶたが取れると、またグジュグジュして中が乾かない感じ。これは普通ではないと嫌な感じがしたんです」と当時のことをキャシーさんは語る。
「病院に行くのが怖くてね。でも娘に『ママ、本当に悪い病気だったら早く病院に行ったほうがいい』と背中を押されて、検査を受けたんです」
“がん”と診断され、手術台で涙も
そして下された診断結果は、基底細胞皮膚がん。
基底細胞皮膚がんとは表皮の最下層で発生する悪性腫瘍で、紫外線のダメージで発生することが多い。治療しないでおくとがんが浸潤し、転移する可能性もある。
「がんになると、悪い組織を残さないために患部を大きくえぐり取るというイメージがあったので、不安で不安で」
担当医師からは、皮膚表面にできるがんだから、思っているほど切除はしないと説明を受けたが、手術台に横たわり、顔にガーゼがかぶせられると、不安で涙がこぼれた。でも、泣いたのはこのときだけ。
「家族に涙は見せたくなかったんです。でも手術後に、夫の勝野さんは『大丈夫だよ、このくらいの傷はママのチャーミングポイントになるよ』って。娘や息子は『目に見えるがんでよかった。手遅れにならなかったから』と言ってくれました」
家族の温かい励ましはうれしかったのかと思えば、意外な答えが返ってきた。
「やっぱり顔を切るって想像以上にショッキングだった。手術直後は、落ち込んで、慰められても、私の気持ちは救われなかったの(笑)。でもこうして心配してくれる家族のために、私はくじけちゃいけないって思いましたね」
ところがそれから5年がたった2021年に、今度は鼻の右側の骨の横に、前と同じ皮膚がんが見つかる。
「定期検診を受けていたので、今度は早く見つけられました。1mmと言われていたので、切って4、5針縫えばいいと思っていたのが、実際は24針。黒い糸で鼻から頬にかけて縫われてました。まるでパッチワーク?って」
傷痕を見て、驚愕した。
「でも、縫い目をよく見たら、本当に丁寧に縫ってあったんです。思わず『先生、パッチワークキルトやりませんか』って(笑)。でも二度目なら、ショックも少ないだろうなんてとんでもないわ。顔だし、怖いし、気持ちも沈みます。ただ、私は“がんには負けられない”。その気持ちは人一倍強いと思います」
なぜなら、長女の“死”が、常に頭にあるからだ。
家族は「一番身近なドクター」
キャシーさんは長女を若くして肺がんで亡くした。
「まだ29歳でした。タバコも吸わない七奈美に、そんな“まさか”が起こったのです。娘は必死に生きようとしていた。“がんに勝つことはできないかもしれないけれど、負けないでいられればいい”と、そんな思いで、彼女もすごく頑張ったし、私たちも全力で彼女を支え続けました。結果として娘は逝ってしまったけれど、私たち家族は、がんとの向き合い方を彼女から学びました。だから私も、二度の皮膚がんに“負けるものか”と、前向きになれたんだと思います」
生身の身体は、何が起こるかわからない。何が起きても不思議ではないとキャシーさんは言う。そして、がんを患った家族がいると、互いの身体を気遣う意識は、高くなると思うとも。
「うちの家族は誰かがちょっと変な咳をすると、すぐに病院に行くようにすすめるの。お互いをよく見てるんですよ。勝野が席から立ち上がるときに、いつものような勢いがないなとか、歩くときに足を引きずっているなとか、気になれば『どこか調子が悪いの?』と聞きます。逆に彼のほうからも『今日、起きるときにだるそうだったけど、大丈夫?』と聞いてくることもあります。家族はいちばん近くでお互いを見守っている専属のドクターやナースみたいな存在なんですよ」
こうして、意識を高くもっていたために、早期発見につながった今回の皮膚がんだが、タレントでもあるキャシーさんにとって、再び顔にメスを入れるのに、どんな葛藤があったのか。
「子どもを産んだ後は、モデル時代と比べると身体はずいぶん大きくなったわ(笑)。それで体形を揶揄されたこともあったし、『あんなにキレイだったのに』とも言われました。でも、“今の私が、私なんだから”とずっと思ってきたし、人の言うことは気にならないの。涙が出たのは、皆さんにわかってもらえると思うけど、両親からもらった自分の顔が、一体どうなってしまうのかという不安が大きかったから」
キャシーさんがこよなく愛するライフワークといえばパッチワークだ。今年は活動50周年を迎える。
針を持つと胸騒ぎがスッと消える
「悲しいことも、つらいこともいっぱいある。ただ、気持ちが沈みそうなときに、私にはキルトがあったの。娘が亡くなったときは3か月間、針が持てなかった。けれど、こんな私を娘が望んでいるだろうか……と自問して、娘の大好きなオレンジ色の布を手にとってキルトを縫い始めました。悲しみは消えないけれど、縫いながら娘と心の中で話をしているうちに、前に向かわなくてはという気持ちになれました」
がん再発のときは、なんで二度もと憤ったりした。
「深夜にひとり静かに縫っていると、世界中のどこかで私と同じように“なんでだぁ!”と思いながら縫っている人がいるかもしれないって。そんなふうに思うと、心のざわめきが落ち着きます」
キャシーさんの口癖は“まぁ、いいか”。こうなってしまったら仕方がない。次に向かおう!という前向きな気持ちが込められている。
「5年後に、また皮膚がんになっているような気がします。でも、それも仕方ないわね。まぁいいか、くよくよしても仕方ないわ!ってね」
そして最後はキュートに、こう締めくくった。
「皮膚がんは日焼けが大きなリスクになるので気をつけてほしいわ。“太陽にほえる”のはいいけど、浴びすぎちゃあダメよ(笑)」
キャシー中島さん ハワイ・マウイ島生まれ。17歳でモデルとして芸能界デビューし、その後テレビタレントとして活躍。俳優の勝野洋と結婚後は3人の子どもを育てながら、パッチワークスクールを主宰。日本におけるハワイアンキルトの第一人者である。今年はキルト生活50周年を迎え、多くの記念イベントが開催されている。
2023年4月6日木曜日
乳がんの薬は大きくわけ3種類、
どのがんも薬が合うというのは早々あるものではない。いろんなのを試して検査しないとわからない。だから難しいので、簡単ではない。
乳がんの薬は大きくわけ3種類、タイプによって使う薬に違い/明石定子・家族で知ろう「乳がん」
家族で知ろう「乳がん」
乳がんの薬は大きくわけて「ホルモン薬」「抗がん薬」「分子標的薬」の3種類。乳がんのタイプによって使う薬が違ってきます。
ホルモン薬は「女性ホルモン受容体陽性」タイプに効きます。女性ホルモンをエサにして増えるタイプの乳がん細胞で、乳がんの7割程度がこのタイプです。閉経前の患者さんに使う場合、女性ホルモンががん細胞に取り込まれるところをブロックするホルモン薬(タモキシフェン)と、卵巣の働きを抑えて女性ホルモンを作らなくする薬(LHRH アナログ)があります。閉経後の患者さんの場合は、脂肪細胞で女性ホルモンがつくられているので、そこで女性ホルモンに変換する酵素を抑えるホルモン薬(アロマターゼ阻害薬)を使います。がん細胞の栄養となる女性ホルモンを抑える治療です。
次に、抗がん薬。細胞分裂を邪魔することで増殖するのを抑えたり死滅させたりする薬です。女性ホルモン受容体もHER2たんぱく(がん細胞に増殖指令を出すたんぱく)も持たない「トリプルネガティブ」タイプの乳がんでは、抗がん薬での治療が主となります。細胞分裂が多い細胞で効果が出やすいので、女性ホルモン受容体陽性乳がんの中でも増殖の盛んな細胞には抗がん薬を併用することもあります。HER2たんぱくも持っていないタイプです。「HER2陽性」タイプの乳がんにも、抗がん薬と分子標的薬を一緒に使います。
そして、3つ目の分子標的薬。細胞のがん化、がん細胞の増殖に関与するたんぱくを狙ってピンポイントで攻撃する薬です。抗がん薬のところで説明したようにHER2陽性タイプには、抗がん薬と合わせて使うことでがんの抑制効果が証明されています。
これらの薬以外に、免疫細胞を活性化する「免疫チェックポイント阻害薬」も保険適用に--。トリプルネガティブタイプに抗がん薬と一緒に使います。
2023年4月3日月曜日
坂本龍一さん死去に芸能界、世界から哀悼続々 BTS・SUGA「先生、遠い旅が安らかでありますように」
坂本龍一さん死去に芸能界、世界から哀悼続々 BTS・SUGA「先生、遠い旅が安らかでありますように」
4/2(日) 22:13配信
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スポニチアネックス
「BTS」SUGA
「世界のサカモト」と評された音楽家の坂本龍一(さかもと・りゅういち)さんが3月28日、死去した。71歳。東京都出身。葬儀は近親者のみで営まれた。
【写真】坂本龍一さんの交流関係図
スポニチ本紙の取材では都内の病院で亡くなった。日本における坂本さんのマネジメント会社「キャブ」も「坂本龍一が去る2023年3月28日71歳にて永眠いたしましたした」と発表した。20年6月に直腸がんと診断され、両肺などにも転移しステージ4と公表していた。「キャブ」は「がんの治療を受けながらも、体調の良い日は自宅内のスタジオで創作活動をつづけ、最期まで音楽と共にある日々でした」とした。
突然の訃報に芸能界からもツイッターなどで追悼の声があふれた。サカナクションのボーカル・山口一郎は「悲しいです。ご冥福をお祈り致します」。韓国の人気音楽グループ「BTS」のSUGA(30)はインスタグラムのストーリーズを更新し、韓国語で「先生、遠い旅が安らかでありますように」とつづり、「R.I.P SAKAMOTO RYUICHI」と続けて冥福を祈った。
ロイター通信社は「映画『ラストエンペラー』の作曲者、坂本龍一さん死去71歳」という見出しで坂本さんの訃報を世界に打電。中国、韓国、ロシアのメディアも坂本龍一さんの死去を速報した。
また、放送プロデューサーのデーブ・スペクター氏も「坂本龍一は本当に偉大な音楽家でした。以前、僕のツイッターにコメントを頂き、ありがとうございました。今頃、天国で高橋幸宏さんと再開されているのでしょうか。心よりご冥福をお祈りします」と追悼した。
作詞家で音楽評論家の湯川れい子氏は「坂本龍一さんが亡くなった事を、私はたったいま知って、ショックを受けています」とし「お具合が悪いことはずっと存じ上げていたけれど、同じ時代のカナリヤとして、さまざまな発言をご一緒にして来たし、とても信頼し、頼りにして尊敬して来た方なので、本当に悲しいです。心からお悔やみを申し上げます」と振り返った。
元芸能リポーターの井上公造氏は「坂本龍一さんが亡くなった。若い頃、僕が好きだった音楽。細野晴臣さん、山下達郎さん、大瀧詠一さん、りりィさん、大貫妙子さん、伊藤銀次さんの傍らには、いつも坂本さんの存在があった。そして、YMO。『戦場のメリークリスマス』。常に刺激を与えてもらった。ありがとうございました」と感謝の言葉を記した。
脚本家の北川悦吏子氏は「坂本龍一さま。お疲れ様でした。ご冥福をお祈り申し上げます。私の映画、『新しい靴を買わなくちゃ』の音楽をやっていただきました。打ち上げのお食事会の時、とても紳士で優しく、気さくな方でした。忘れないでいます。その時、私におっしゃってくださった言葉。音楽と共に」と哀悼した。
元AAAの伊藤千晃は「坂本龍一さん。最近もアルバムを聴いたりしていたので、天国へ旅立たれてしまったなんて信じられず、とても悲しいです。教授の音楽には、何度も心が救われました。心よりご冥福をお祈り申しあげます」と記した。
つんく♂は「坂本龍一様」と題して自身のブログを更新し、「坂本龍一さん、残念でなりません。寂しいです。数年前にニューヨークに行った時、急に連絡したにもかかわらず会っていただきました。坂本さんのスタジオを見せていただき、冗談も交えながら、音楽についてたくさん教えていただいた事、大切な思い出です。そして一緒に曲を制作出来た経験は僕の誇りです。ありがとうございました。心よりご冥福をお祈りいたします」と追悼した。
坂本さんが音楽を担当した6月2日に公開される、是枝裕和監督と脚本家・坂元裕二の初タッグ作の映画「怪物」もツイッターで「坂本龍一さんのご逝去の報に接し、心からご冥福をお祈り申し上げます。#怪物」と哀悼の意を表した。
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